Chapter Text
スカーレットは、ふと意識を取り戻した。
ーーこれは……いつもの再生……ではないのか?
任務で致命傷を負った時、次に意識が戻るとクラウドベースの医療室にいる。
眠りから目覚めるのとは違う、独特の感覚。
だが、今はそれとも違う、意識の曖昧さと体の怠さがあった。
「スカーレット、こちらを見て」
フランス訛りの柔らかな声が耳に届き、ぼんやりと視線を向けると、見覚えのある顔があった。
「デスティニー?」
声にならず、かすかに口を動かしただけだった。
体を起こそうとしたが、ひどい頭痛におもわず額を抑える。
「ゆっくりでいいわ。さあ、こっちへ」
そこは、クラウドベースの倉庫だった。
地面に足をつけたはずなのに、膝がぐらつき、体が崩れ落ちそうになった。
それをデスティニーが支えた。
「コールドスリープから目覚めたばかりで、悪いんだけど」
「え……、なに……?」
「何も考えないで。頭痛で話す余裕なんてないって、わかってるから」
エンジェル隊のエースと言えど、スカーレットとデスティニーでは体格差もある。
二人はふらふらと倉庫を出た。
廊下には、誰もいない。
ただ、非常警報だけがけたたましく鳴り響いていた。
「なん……なんだ?」
「クラウドベースは、自爆モードに入ってるの。急ぐのよ、さあこっちよ」
デスティニーは、一つの扉の前に立つと、パネルに暗証番号を入力する。
開いた扉の中に入り、そこにある金属製の筒にスカーレットは横たえさせられた。
「こ……れは、ミサイル?」
「そうよ。時間がないの。説明はあとでしてあげるから、乗って」
デスティニーは、スカーレットを押し込むと、容赦なくふたを閉めた。
エンジンが唸り、浮遊感ののち、Gが体にのしかかった。
頭痛と疲労が全身を締めつけ、スカーレットは抗えず意識の闇に沈んでいった。
§
次に意識が戻った時、スカーレットは柔らかな下草に敷かれた、寝袋の中だった。
「自分ではそういう作戦立案はするなと言ったのに、自分は真っ先にやったのよ! 信じられないわ!」
耳に聞こえたのは、怒りに震えたデスティニーの声だった。
「ヤツだって、プランBを使いたくはなかったろうさ。だが、他に選択肢はなかった」
「プランBって、なんだ?」
スカーレットは体を起こし、訊ねた。
「あら、お目覚め、お姫様」
「ここは? なにがどうなってる……?」
「確認だが、最後の記憶は?」
デスティニーは焚き火の前に座っており、向かい側には声に聞き覚えは有るが、顔に見覚えのない男がいた。
「最後……? ミステロンとの戦いが終わって……。和平交渉の護衛で、火星に行って……。いや、その戻りで、ブルーに交代を告げられて、スリープポッドに入った……?」
「それ、コールドスリープのポッドよ」
「僕は護衛だ。必要はない」
「和平交渉の使節団は、帰還途中に隕石群に遭遇して一部が壊れた。その折り、スカーレット大尉は宇宙に放り出されて殉職したことになっている」
向かい側の男が言った。
「殉職……? 僕が?」
不死身の自分が殉職することなどありえないと思うが。
しかし "本当に" 宇宙に放り出されたとしたら、不死身であったとしても地球に帰還するのは難しいだろう。
「しかし……僕はここにいる……」
「そうよ。殉職は偽装。コールドスリープにしたあなたは、貨物としてクラウドベースに帰還したの」
「なぜ?」
「戦いが終われば、きみの体の秘密が、別の "資産" になるからだな」
皮肉めいた口調で話す男の顔を、スカーレットは改めて見つめた。
「きみは、誰だ?」
「そうだった。この顔では初対面だったな。俺はマゼンタだ」
「マゼンタ大尉は、ミステロンとの戦いで殉職したはずだ」
「それも "偽装" さ。プランBの仕込みってやつだ」
「そのプランBというのは、なんだ?」
「順に話そうか。まずはな、ミステロンとの和平交渉のあとで、地球連邦は戦争の責任を全部スペクトラムに押しつけることに決めたんだ。戦争のきっかけがブラックの不注意だったことを言及されたら、これは避けようがなかった」
「ホワイト大佐は辞職して、その後に逮捕されたわ」
「大佐がっ?」
「罪状は、表向き戦争責任だが、実際はきみの引き渡しを断った所為だ」
「僕の? しかし、どうせ死なないんだ、渡せばよかったのに……」
「莫迦ね。そんなことになったら、あなた、本当に宇宙に投げ出されるよりひどい目にあわされたわよ」
デスティニーに呆れた顔をされても、スカーレットにはその理由がわからなかった。
なぜならスカーレットの思想の根底には最大多数の最大幸福があり、更にそこには不死身の自分が捨て身で作戦に当たるのが当然といった、歪んだ思想があったからだ。
「地球連邦は、ミステロンが再び攻めてこない保証は無いという大義名分を盾に、きみの不死性を研究したいと大佐を説得した。だが大佐は、常に部下が死体で戻って来るような作戦実行する組織を作ることを由としなかった」
「それは……まぁ、当然だろうな」
「そしたら上層部は、邪魔な中間管理職に適当な理由と責任をおっつけて、片付けた……というわけだ」
「大佐は、自分のあとをブルーに任せたの」
「地球連邦側は、自分たちに有利なトップを据えたかっただろうが、前任者のホワイト大佐は罷免じゃなくて、辞職だったからな。次のトップの指名権は残ってた」
「じゃあ、ブルーも僕の引き渡しを断った?」
「断るも何も、きみは火星からの戻りで "行方不明" ってことになってた。だが、向こうも莫迦じゃない。ホワイト大佐がきみを "貨物" としてクラウドベースに帰還させたことは知っていた。だから今度は、スペクトラムそのものを解体して、新たな防衛組織を再編すると言い出した」
「で、ブルーはどうした?」
「最大のヒーローたるきみの殉職、大佐の理由なき辞任、更に組織の解体……と隊員には割り切れない話が立て続いたからな。ブルーはきみの保護の手回しの他に、反乱を起こしそうな隊員たちをなだめて、地球連邦とのすり合わせまでやっていた」
「ブルーは、反乱の蜂起に乗じてクラウドベースを自爆させることにしたの。その混乱に紛れて、貨物扱いになっていたあなたの行方をくらませるために……」
デスティニーは、そこで言葉をつまらせた。
「自爆はオートモードで作動させ、ブルーも退去すると言っていたんだがな」
「最初から、嘘だったのよ! ブルーは連邦側のドローンがクラウドベース内に侵入して自爆を止め、貨物の捜索をするって知ってたんだわ! 自爆停止装置を破壊して、貨物室に立てこもるつもりだったのよ!」
「しかし、貨物室から僕をエンジェル機に乗せたのは、ブルーの指示だったんじゃ?」
「そうよ! でも貨物があると思い込ませるために、早々に撤退は出来ないと判断したのよ」
怒りに任せるように、デスティニーが叫んだ。
しばしの沈黙の後、スカーレットは口を開いた。
「なぜ…死なない僕をかばって…ブルーが死ななければならないんだ?」
「……わからないの?」
デスティニーの問いに頷くと、彼女は呆れ、それから少し怒りをにじませた顔でスカーレットを睨んだが。
それもすぐに消えて、ただ憐れむような顔をした。
§
ブルーの死を、ただデータとして理解し、更にその死の理由が理解できない様子のスカーレットに、デスティニーは怒りを覚えた。
だが、無表情に立つスカーレットの顔を見つめているうち、ふと思い出したのは、最後にブルーとふたりで過ごしたデートの日だった。
コードネーム:デスティニーことジュリエット・ポントアンは、ブルー大尉ことアダム・スヴェンソンと恋人関係にあった。
アダムは紳士で、スマートで、恋人としては理想的に見えた。
だが、付き合い始めてしばらく経つうちに、ジュリエットは気づいた。
アダムが "理想の恋人像" をなぞっているだけだと。
「あなた、私を見ていないのね」
レストランの席で向かい合い、ふと漏れたその言葉に、自分でも驚いた。
しかし、アダムの瞳が一瞬だけ虚を突かれたように揺れたのを見て、それは決して的外れな言葉ではないと悟った。
「僕は……きみと真面目に付き合っているよ?」
「ええ。とても紳士的にね」
皮肉と自嘲を混ぜた笑みを浮かべ、ジュリエットは答えた。
「でも、デートの最中に他の誰かのことを考えているのは、マナー違反じゃない?」
「ああ……すまない」
取り繕いながら謝るアダムの態度からも、まだ相棒のことを思っているのが見て取れた。
あの時、首脳を乗せたマグナコプターは敵の砲撃で離陸ができず、スカーレットは敵の注意を引きつけ、離陸の時間を稼いでいた。
「スカーレットは、首脳に "自分は不死身だ" なんて冗談まで言っていた。だから、大丈夫よ」
「それは……わかってる」
ブルーは、ロケット砲で敵を撃った。
撃つように指示をしたのはスカーレットだが、その結果、彼は建物に仕掛けられた爆弾で崩落した瓦礫の下敷きになった。
スカーレットを回収し、クラウドベースに運んだのはブルーだ。
「アダム……」
彼の瞳に、ジュリエットは確信した。
「あなた、スカーレットに惹かれているんじゃない?」
「俺がスカーレットに? まさか……!」
笑い飛ばそうとするも、微かに顔がこわばるのがわかった。
「いや……、まさか……」
「アダム。あなたのそれは性指向なんて単純なものじゃない。もっと根深いものよ」
ジュリエットを見つめる瞳が、驚きと戸惑いに揺れた。
「私も、ずっと気になっていた。スカーレットの様子が、なんというか、機械的で。ジョークは言うけれど、それはあくまでゲストの気持ちを和らげるためのものみたいに感じる」
アダムは、深いため息を吐いた。
「やっぱり、俺だけじゃなかったんだな……」
スカーレットは決して死なない。
だからこそ任務中、自分の命を軽んじる癖がついてしまった。
回数を重ねるごとに、死への恐怖は薄れ、感情そのものが削げ落ちているように見えた。
§
デスティニーは、脇に置いていたヘルメットを手に取った。
「私、もう行くわ」
「行くって、どこへ?」
「地球連邦の空軍基地よ。反乱が起きる少し前に、エンジェル隊は投降する旨を、地球連邦に打診してあってね。昨日ようやく、連邦軍に再編成される許可が降りたの」
「それも……偽装か?」
「そうね、偽装と言えば偽装。私だけが "貨物" の輸送をブルーに頼まれたの。だけど空軍の許可なくエンジェル機を飛ばすわけにいかないから、許可が出るまで待ってたのよ。今は故障のフリして時間を稼いだだけ。そろそろ飛び立たないと怪しまれるわ」
あの晩以降、ジュリエットとアダムは、再びデスティニーとブルーになった。
「さよなら、スカーレット」
ーーさよなら、アダム。
デスティニーはヘルメットを被り、コクピットに乗り込むと、そのまま振り返らずに飛び立った。